2007年08月05日
【せなか企画】 せな★せな 1−1話 「ここはわたしの宇宙船よっ!」
遠い昔、銀河系宇宙のとある二連星系。
高度に発達した文明があった。
太古の昔から栄えた二つの種族が、互いに争い合いながら、文明を高めてきた。
進化の果てに巨大な力を得てさえ、二つの種族の争いは絶えることがなかった。
そしてついに、超兵器を用いた最終戦争が勃発した。
滅亡寸前にまで追い込まれ、二つの母星は居住不可能なまでに破壊されてしまった。
そして、『調停者』が現れるに至った。
彼らはついに悔い改め、和解した。
そして、劣悪な環境の中、種族として生き残る術を探った。
彼らが選んだのは、恒星間移民だった。
高度に進化した文明であっても、光速を超える技術はなかった。
乗組員に冷凍睡眠を施し、幾万年をかけて星の海を渡るしかなかった。
そして、最初の船が建造された。
和平と協調の象徴となるべく、それぞれの種の王族や代表者たちが乗り込んだ。
二つの種族合わせて数千名の入植者、そして調停者たちを乗せ、船は母星を離れた。
数万年の間、船は星々の海を旅した。
やがて、目標の惑星系に到達した時。
船の『主頭脳』が、突然変調を来した。
冷凍体の生命維持を放棄し、軌道を離れて為す術もなく引き寄せられていった。
一万年前の地球に。
せな★せな 1話−1
「ここはわたしの宇宙船よっ!」
ちっちゃな人形は言った。
「ここはわたしの宇宙船よっ!」
「ウチュウセン?」
俺は訊き返した。そりゃそうだ。
起き抜けの頭だって、ここが宇宙船でないってことぐらいはわかる。床は畳だし、天井は木の羽目板だし、窓には化繊のカーテンがかかってるし、まだ整理してないけど、俺の私物がそのまま置いてあるし。だから、この人形の言ってることは論理的におかしい。いや、そもそも人形が喋ってるのがおかしいわけだけど。
「……ていうか、これ、人形なのか?」
造りが妙に精巧だし、今しゃべった時、微妙にだけど口元まで動いてたような気がする。外見は最近よくあるゲームとかアニメとかのフィギュアっぽい。安物のファンタジーというか安物のSFというか、よくあるそれっぽい格好をした女の子。横に時計もある。近所の電器屋で昨日買ったばかりの、安物の目覚し時計。針が指すのは午前2時20分、時計の高さと人形の身長がちょうど同じぐらいだ。身長10センチかそこら、もちろん、時計のオマケについてきたわけじゃない。そんなキャンペーン聞いたこともないし。
まじまじと覗き込む俺の目の前で、彼女はこれ見よがしに溜息をついてみせた。
「言葉もわからないの!? まったく、これだから辺境宇宙の下等生物は」
高ビーな感じで言って、ちっちゃな瞳でこっちを睨みつける。
地球の生き物ならフツーありえない緑色で長い髪。頭を覆う透明なベール、公家さんみたいな額の飾り、白いマントに緑の上着、オレンジ色のスカート、そして衣装の方々についている、ゴマ粒みたいな宝石……とにかくめっちゃ細かいところまで作り込んである、人形──にしてはよく出来すぎてるなにか。
発端は、たぶん夢だ。
明日の講義は朝イチからだから、昨夜は早々に布団を敷いて横になった。
そのせいかは知らないけれど、妙な夢を見た。会ったこともない女の子に延々と怒られる夢だ。
『おまえはだれの許しを得てここに入った、今すぐここから出ていけ』
ちょっとキンキンした年下っぽくてかわいい声で、そういった意味のことを何度も繰り返していた。
そんなことを言われても、ここは俺が借りたアパートの部屋で、ちゃんと契約書もあるわけで、今後有意義な大学生活を営むに当たっての俺の城というか、狭いながらも楽しい我が家というか……
言い訳しようとしたら、窓枠がカタカタ震えはじめた。
天井や壁がうねるように揺れて、積み重ねたままの本とかCDとか、流し台の辺に適当に置いた食器とかが、ばさばさがしゃがしゃぎしぎしと一斉に音を立てて……
そこで目が覚めて、地震だと気づいた。
家賃月1万円ぽっきりという、ありえないぐらいの超格安アパートだ。こりゃ外に逃げた方がいいかなと思いながら、天井で踊り狂っている蛍光灯の紐を捕まえ、どうにか部屋の灯かりをつけた。
その瞬間、なぜかぴたりと揺れが収まって、なにかと思って辺りを見回したら……
「聞こえてるならなんとか言いなさいよっ、このウスノロっ!」
この失礼な人形に話しかけられた、というわけだ。
「ふむ……」
どうしたものかと思っていると。
とことことこ……
ちいさな足をせわしなく動かし、一歩3センチぐらいの歩幅でこっちに近づいてきた。
「うわっ、歩けるのか、こいつ……」
感心するより引いてしまった。とどめをさしたと思ったゴキブリが、いきなり向かってきたようなものだ。
「無礼者めっ!」
畳についていた右腕に、べしっと蹴りを入れられた。
「わが鉄槌を受けてみよっ! えいっ、えいっ、えいっ!」
三度四度と繰り返すけど、別に痛くはない。キックに腰が入ってないし、絶対的なサイズがちがいすぎるし。
「はあ……はあ……はあ……まったく、無駄に頑丈な生き物ね」
「ってえらく体力ないな、おい」
「おっ、王家に力仕事なんて無用だからよっ!」
指摘されたのが悔しかったらしく、とたんに抗議してくる。
「だいたい、姫自らが攻撃してあげてるんだから、ありがたく倒されるのが悪い宇宙生物の役目でしょっ!」
「いや、なんでそうなるかぜんぜんわからんし、そもそも悪い宇宙生物じゃないし、宇宙じゃないし」
「むううううう〜」
ぺたぺたと地団駄踏んで悔しがっている。
もっとからかってやろうと思ってから、さすがに気恥ずかしくなった。というか、ヤバい。なにがヤバいって、このちびっちゃい自称姫な人形とフツーに会話している自分がだ。
これはたぶん、すっごく精巧なオモチャというか、要はこういう設定の動くフィギュアなんだろう。自分で歩けるんだったら、扉が開いていた隙に野良猫みたいに入り込んできてもおかしくない、のかもしれない。
「でも、ホントによくできてるなあ……」
もっとよく見てやろうと、顔を近づけた時。
「姫さま、近づきすぎると危のうございます」
どこからか別の声がした。
部屋の隅に転がっていた生茶2リットルペットボトルの影から、別の人形がしずしずと現れた。
こっちの身長はすこし高め、と言ってもまあ、1センチかそこらのちがいだけど。ちっちゃい方が姫なら、いかにも侍女という感じな服のデザイン。立ち姿ももっと落ち着いている気がする。
「クラヴィエ、こいつ、わたしの言葉が通じてないわよっ、今すぐなんとかしなさいっ!」
チビ姫人形は叫びながら、侍女人形の背中に回り込んだ。態度は大きいけど、わりと臆病っぽい。
「そこは辺境宇宙の愚鈍な下等生物のこと、どうぞ寛大なお心で……」
クラヴィエと呼ばれた人形は穏やかにそう言うと、空具合をたしかめるようなのほほんとした仕草で、俺の顔を下から見上げてきた。チビ人形よりほんのすこし濃い緑色の髪に、丸い鼻眼鏡。こっちの方が大人っぽいというか、美人にできている。
「翻訳機の調整をしますので、しばしお待ちを」
有能OLっぽい服の背中に腕を回して、なにか小さなもの──人間サイズに変換すると、ラジコンのコントローラーぐらいのものを取り出し、左手の甲にすちゃっと装着した。赤いボタンっぽいでっぱりが真ん中にひとつだけついた、丸っこいなにか。小学校の自由工作で俺が空き缶でテキトーに作った『なんでも自爆ボタン』を彷彿とさせる、いい加減な造形だった。
もちろん、翻訳機には見えない。
「姫さま、なにかお言葉を承りたく」
「お腹が空いた、お腹が空いた、お腹が空いた……」
いきなり連呼しはじめる姫のとなりで、侍女は赤いでっぱりをぐねぐねと回す。
「朕は空腹なり、拙者腹が減り申した、お腹が空きました、おなかすいた、ひもじいよ〜、えさくれろ〜、にゃあああ、わんわんわんっ、ひひーん、がおがお〜、は〜らへったなぁうーっす、はんぐり〜? どっおしっておっなかっがへっるっのっかな〜♪ ばあさん、飯はまだかのう? べっ、べつにあんたと食べたくてお弁当多めに作ってきたわけじゃないんだから、ヘンな誤解しないでよねっ……」
「これでよし、と」
「……いいのか?」
「さあ姫さま、存分にお話ください」
俺のツッコミは綺麗に無視し、姫君の方を向いて柔和に微笑む。
姫君はもったいつけてこほんと咳払いすると、雄々しく仁王立ち。それから俺の顔をびしいっと指さした。
「よ〜く聞きなさい、そこの汚らしくていやらしいウスノロノロマの下等宇宙生物っ!」
「ああ、よくなった」
「……いや、悪くなってるし」
「我が名はワーニャ・ド・フラゴラセリ・ピタ・メルクール・ノバ・ゾビス。おまえが不当に占拠しているこの区画は、我が王家が司る神聖なる恒星移民船の大文化娯楽室よっ! どこの換気口から入ったか知らないけど、今すぐここから出ていって、己の不敬な行いを海より深く恥じながら宇宙の藻屑と消えなさいっ!」
それはそれは威厳を込めて胸をぐいっと張りながら、ワーニャなんとか姫はそう言った。
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タウル・ゾビス王位継承者ワーニャ・ド・フラゴラセリ・ピタ・メルクール・ノバ・ゾビス、通称ワーニャ姫御尊影。高貴なご身分らしくそれっぽい衣装を身につけてはいるが、実際のところ身長10センチ強なので、よく見るために顔を近づければげしげし足蹴にされること必至。なのでこうやって全身しげしげ見られるのはけっこう貴重かも。
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「……………」
その目前で、沈黙するしかない俺こと下等な宇宙生物。
「わたしの名の前に口も聞けないなんて、ようやくしおらしくなったみたいね」
「姫さまのご威光はあまねく辺境宇宙にまで知れ渡っているということでしょう」
「ツッコミどころが多すぎて、どこから手をつけたらいいかわからないだけだ」
「クラヴィエ、あいかわらずなにを言ってるのかさっぱりわからないわ、この下等生物」
「下等生物の中でも特に愚鈍な個体なのでしょう」
「まったく、なんておぞましい」
言いたいことを言い放題な自称宇宙王族少女コンビ。
この辺で虚しくなってきた。夜の夜中に女の子型をした人形とシュールな設定のコントをする趣味はない。
「明日は早いんだ。俺はもう寝るぞ」
掛け布団を引き寄せようとして、その前にやることがあると気づいた。
まず最初に、生意気な姫君の方をふん捕まえた。
「なんか変に柔らかいな。プラスチックとかじゃないのか?」
「わわわわわっ、なっ、なにするのよっ!」
抗議の声が聞こえたが、気にせず手のひらの中で背中側にひっくり返す。
「スイッチはと……」
ロボットのオモチャとかなら、たいていこの辺にあるよな……と探す。
「やめなさいっ! やめっ……あっ、ひゃああんっ!」
「一応子供用のオモチャなんだろ? 色っぽい声あげるな、気持ち悪いから……って、スイッチどこだかわからないな……まあ電池抜けばいいか」
「くっ、クラヴィエ! 見てないでなんとかしなさ……って、あっ、ひゃははははははっ、だめっ、くすぐった……ひゃああっ! こっ、このキ○×イの◎リ■ンの△ド◇ェ▼※っ!」
一部の台詞に自主規制が入るのは、やっぱり青少年への配慮なのだろうか? 妙なところが安全設計だ。
「ああっ、姫さまが好色で凶悪な宇宙生物に為す術もなく捕えられた挙げ句、衣を捲られ幼い体を執拗にまさぐられるという深夜時間帯でさえ放送禁止の辱めを!」
「って、こっちの台詞はまったく配慮してないな、おい」
「姫さま今しばらくのご辛抱をっ。このクラヴィエが今すぐにお助けしますっ」
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ワーニャ姫の侍女、クラヴィエ・ノバ・マディキタリス。一見有能OL風なものの、本当に有能かどうかはかなり怪しかったりする。でもまあ、少なくともチビ姫より話が通じるのは間違いない。わかりやすい野望を胸に秘めていて、ことあるごとにぽろっと本音が。あと、わけのわからないワンボタンデバイスはもちろん、すっごい超文明出身なのになんでメガネかけてるかがツッコミどころ。たぶん単なる趣味なんだと思うけど。(主人公談)
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侍女人形は勇ましく言い放ち、大げさな動作で腕を背中の方に回す。
「脳細胞破壊銃〜」
往年の大山のぶ代っぽい口調と共に取り出されたのは、丸くて赤いボタンっぽいでっぱりが真ん中にひとつだけついた、リモコンっぽいなにかだった。
「……それ、さっき翻訳機って言ってただろ?」
「万能翻訳機兼脳細胞破壊銃です。我が文明が誇る、この上なく便利な携帯用多機能デバイスなのです」
「いや、その多機能は食べ合わせ的にどうかと思うぞ」
「ちなみに、ヘネモネ狩り用の空間振動機能もついています」
赤いつまみを無造作にひねる。
とたんに畳がみしみしと震え、その辺に積んであった本やCDケースが崩れはじめた。
「ってやめろおおっ!」
とっさに叫んでしまってから気づいた。そうじゃなくて地震だ。タイミングが妙に合ってるから、いかにもこの人形の仕業に見えるだけだ。そうに決まってる……
こちらの考えを見透かしたように、侍女人形は冷酷な笑みを浮かべ、俺のことを見上げている。
「さて、そこな下品な下等生物。我が姫を散々に凌辱した上に、胸がないだの色気がないだの愚弄した挙げ句、果ては身分を笠に着てわがまま言い放題なおつむの軽い食いしんぼチビ助呼ばわり」
「いや、一回も呼んでないしっ!」
「この翻訳機は大変に高性能なので、発言者の心の声まで忠実に音声化するのです」
「この場合音声化されてるのはそっちの心の声じゃないのかっ?」
「ええい、問答無用っ!」
自分に都合の悪い会話を強制的に中断する。
「アダルトタッチでク☆ク☆パーになれ〜」
楽しげな呪文の節回しに放送禁止用語を乗せながら、侍女人形は赤いボタンを無造作にぽちっと押した。
脳細胞破壊銃から真っ白な光が迸り、俺の全身を包んだ。
後頭部に鋭い痛みが走り、何も考えられなくなった。その間、5秒ぐらいだった。
「うあ、きーんとした……」
「おや?」
勝ち誇った笑みを浮かべていた侍女が、怪訝そうに俺を見る。
「この光線をまともに食らえば、生まれてきたことを後悔するほどの激痛が脳をさいなむはずなのですが」
「たしかに痛かったけど、激痛ってほどじゃなかった」
「それでは、いかほどの痛みでしょう?」
「敢えて言うなら、真夏にかき氷をいきなり食った時ぐらいだな」
「0.67ハナゲぐらいですね……」
「そんな単位は知らないから」
脳細胞破壊銃の赤いツマミだかボタンだかをぐりぐりと操作し、侍女は首を傾げながら言った。
「破壊するほどの脳細胞も持ち合わせていないということでしょうか?」
「面と向かって失礼なことを言うな」
言いながら、俺は右手の甲でとんとんと首の後ろを叩いて……まだあれを握っていることに気づいた。
「ていうかさ、今の光線、こいつも一緒に食らってるわけだけど」
右手を開いてみせる。
握ったままだった姫君が、死にかけの金魚のように全身を痙攣させながら、目をぐるぐる回していた。
「はらほろひれはれ……」
「あああああああっ、姫さまが不可避かつ不慮の事故で★ル★ルパーにっ〜」
発言がめっちゃ保身に走りまくっているが、それも高性能な翻訳機のせいなんだろう、きっと。
「うわああああああんっ、生まれてきてごめんなさい〜食いしんぼでごめんなさい〜」
「ああ姫さま、姫さま、どうかお気をたしかにっ……」
なんだかよくわからないけれど、当面の危機は脱したようだった。
〜つづく〜
【せな★せな】
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