2007年09月02日
【せなか企画】 せな★せな 2−1話 「魔王さまに捧げるために、この身をしかと清めてまいりました」
荒涼とした大地。
遠く渓谷が連なる、動くもののない夜。
風の息吹も、わずかな音さえもない。
永劫続くかのような、死が司る世界。
ただひとつだけ、熱い鼓動を秘めた者があった。
少女だった。
その装束から、巫女だと伺える。
まだあどけなさの残る、年若い巫女だ。
涼やかな瞳には、持ち前の慎み深さと共に、並々ならぬ決意を満たしている。
魅入られたように、中空を見つめている。
瞳の先に、月(タウ)があった。
青と白が複雑に絡み合う、巨大な、宝石のような月。
それは命素(マナ)の根源であり、一族が追放された楽園であり、彼女がこれから向かう冥府でもあった。
巫女は知っていた。
旅立ちの時が来たことを。
だが、悲しむことはない。
それこそが巫女の役目、遠い遠い昔、一族がこの地に降り立って以来、あらかじめ定められていた運命なのだから。
もう二度と戻ることのない故郷の風景を、彼女はもう一度見遣った。
亡くなった父や母や祖母や祖父、良くしてくれた人々のことを思った。
だが、躊躇も郷愁も一瞬だった。
紅宝玉が埋め込まれた儀仗を、おごそかな仕草で振り上げる。
転移呪文を詠ずる先に、知らず唇が動いた。
「……姉さま、さようなら」
──と。
せな★せな 2−1話
「魔王さまに捧げるために、この身をしかと清めてまいりました」
さわやかな日曜日だ。
俺はのんびり部屋で過ごしていた。
「……ページをめくりなさいっ」
この春から住みはじめたおんぼろアパート、せなか荘の206号室。
風呂とトイレと台所がついた四畳半、エアコンとかは当然ないけど、家賃1万円だから文句を言うつもりもない。住めば都だ。
「こらっ、早くページをめくりなさいっ!」
今の季節、窓を開ければ充分に快適だし、大学までは歩いて10分、歩いて1分のところにコンビニだってある。
「聞こえないのコペケバっ!? さっさとめくりなさいって言ってるでしょっ!!」
なにより素晴らしいのは、なぜか俺以外の住人がいないことだ。おかげで休日は静かで助かる。さっき買ってきたばかりのマンガをじっくりと楽しみつつ、ちゃぶ台にはのり塩味のポテトチップとコーラ……
「わーわーわーわーわーっ!!! あんたの脳はどれだけウスノロなのよっ! 主人がページをめくれって言ってるんだから、あんたのそのぬるぬるした触手でもって光の速さでめくってさしあげるのが奴隷生物の本分でしょこのバカチンがっ!!」
俺の名前は空木彼方、どこにでもいる人間の大学生だ。もちろん触手はない。
そして、俺の左肩には身長10センチ強の宇宙人チビ姫が乗っていて、俺の耳穴に理不尽な催促を直接吹き込みまくっているというこの状況。
脳内消去もいいかげん限界だ。
「っておまえいいかげんにしろっ! 落ち着いて読めないだろうが」
マントの襟首をつまみ、目の前に持ってきて言う。
「あんたがこーんなヤマもオチもないマンガ、いつまでもいつまでもトロトロ読んでるのが悪いのよっ!」
チビ姫は空中に吊り下げられたまま、はるか足元に広げられた漫画本を指さす。
「どんな速さで読もうが俺の勝手だろうが」
「だいたいこいつらはいつまで呑気な学園生活してるのよっ! 特にこっちの双子姉妹っ! 一応巫女って設定なんだから、とっとと退魔モードになって玉串振って稲妻っぽい光線出して戦った挙げ句に巫女服びりびりに剥かれちゃったりとかどうしてしないのよっ!」
どうして宇宙からやって来たちっちゃなお姫様が嫌な感じにマニアックな嗜好なのかについては、不毛なので今さら突っ込まないでおく。
とにかく、こいつはワーニャ姫。
王族っぽく本名はもっと長ったらしいけど、覚えられないし、覚える気もないし。
「あと、こっちのピンク髪メガネっ娘は妖魔に体を乗っ取られてアレされちゃう展開ね」
「……ゆるいのが売りの人気萌え4コマをダメな同人風に改変するのはやめろ」
「あーお腹が空いた。コペケバ、下ろしなさいっ」
「だからコペケバって言うな」
「じゃあ触手」
「………」
聞いての通り、こいつと議論するだけ不毛だ。
ちゃぶ台に放ってやると、とすんと着地した。そのままちょっとだけ腰をかがめ、口が開けてあるのり塩チップスの袋に入っていく。
しゃくしゃくしゃくしゃくかしゅかしゅかしゅ、ばりばりべりべりぱりぱり……
ものすごい勢いで食べている。ネズミだってもうちょっと遠慮すると思う。
「だいたい、おまえの体どうなってるんだよ? いつも体重よりたくさん食ってるし」
「饗宴において、供された料理を残さず楽しむのこともまた、王族の努めですので」
平然と答えたのは、侍女のクラヴィエだ。トレードマークは伊達っぽい鼻眼鏡。チビ姫が好き放題やっている間、すこし離れたところに直立不動で待機している。
「王族ねえ……」
俺は首をかしげざるを得ない。
チビ姫ワーニャと侍女クラヴィエは、遠くの星から宇宙船に乗ってやって来たのだと言う。それはまあ勝手に主張してくれていい。宇宙人だろうと地底人だろうと、俺の知ったことじゃないし。
問題はこいつら、このアパートが自分たちの宇宙船だって信じちゃっていることだ。
で、俺の部屋は大文化娯楽室だかで、俺は勝手に住み着いた粗暴な宇宙生物扱いで。
その結果……
「げふっ。もうなくなっちゃった〜」
「って10秒で全部食い切るなあっ!」
「こんなんじゃぜんぜん食べた気がしないわ。クラヴィエ、大食料庫を開けなさいっ!」
「はい、ただ今」
うやうやしく頭を下げると、大きな赤いボタンがひとつだけついた、へんてこな万能デバイスを取り出し、左手にすちゃっと装着する。
「ポチっとな」
侍女のボタン一押しでなぜか勝手に全開する、俺んちの冷蔵庫。もちろんそんな高級な機能はない。のに、どういう原理で開くかは今もって謎だ。
「なーんだ、あの苦くて変な味の気持ち悪い毒物しかないじゃない。クラヴィエ、今すぐ全部捨てちゃいなさい」
「はい、ただ今」
「やーめーろーおおおおおっ!!」
今晩飲もうと買っておいたとっておきのヱビスロング缶4本を死守せんと、俺が絶叫した時だった。
部屋の真ん中に、ぽっと赤いなにかが灯った。
宝石みたいな、ビー玉みたいなきれいな円形をした光、それが空中に浮かんでいて……すこしずつ大きくなっているように見える。
「なんだ、これ?」
今さらこのぐらいじゃ驚かないけど、と思いながら、指でつつこうとしたら、ばちっと放電した。
「うわっ!?」
「──!」
開け放した冷蔵庫の扉もそのままに、侍女クラヴィエがこっちに気づいた。
今までとちがう敏捷さで、例の赤いボタンを押す。
彼女の目の前、空中にぱぱぱぱっと半透明な正方形が浮かんだ。それがいくつも重なり合い、豆粒みたいな模様が点滅し出す。格子状のキーボードっぽいのも手前にいくつか現れた。モロに未来のモバイルという感じだ。
「これは……クス・クスの転移魔法!」
いちばん手近な半透明スクリーンを確認し、切迫した口調で言った。
「防御フィールドは最大強度で展開してあるのに、まさかこんなことが……」
ものすごい勢いで、空中に投影されたキーボードを叩きはじめる。
「超重金宙秤(パルスク)レベルの魔力収束率を確認、特権発行(スードゥー)を確認、大魔導士級(グールー)と認定、まったく未知の詠唱パターンを含む……」
クラヴィエのつぶやきに合わせるように、赤くて丸い光の周りに別の光がまとわりつきはじめた。そっちは明るい緑色で、高級メロンの表面の網の目のように見える。まるで、膨らんでいく赤い光を必死で押さえつけているみたいだ。
「物理防御発行、無差別検索(ンムアプ)を確認、疑似反復開始……失敗、自閉モード移行……失敗、空間割込(インタラプト)──止められないっ!」
「なんか今までと根本的にノリがちがうぞ、おい……」
いきなり始まったサイバーアクションSF的展開に、俺がちょっとだけ不安になった時。
クラヴィエがスクリーンを消した。
ちゃぶ台からしゅたっと飛び降り、部屋の隅に早足で歩いていく。
そしてこう絶叫した。
「姫さま、逃げてっ!!」
「って自分だけ逃げてから言うなああっ!」
赤い光が部屋いっぱいに膨らみ、一気に爆発した。
たまらず目をつぶった。間に合わず、残像で目の前が真っ赤に焼き付く。
この世の終わりかと覚悟した俺。
こんなことならあのヱビス全部飲んでおくんだった……
恥ずかしながら、それが俺の辞世の思考になるはずだった。
でも、なにも起こらなかった。
閉じた瞼の裏から、ゆっくりと赤色が褪せていった。めっちゃ長かったように思えたけど、たぶん10秒もなかった。
恐る恐る、目を開けてみた。
なにひとつ変わらない俺の部屋があった。
──いや、ちがう。
ひとつだけ、さっきまでは存在しなかったものがあった。
チビ姫たちと同じ、身長10数センチの小さな影が、畳の真ん中にぽつんと立っている。
でも、ちがう『種族』だってことは、身なりからすぐにわかった。
おっかぱに近い短い髪に、装飾のついた帽子を乗せている。
方々の民族衣装を合わせたみたいな、素朴だけどいかにも伝統を感じさせる衣装。
手に棍棒というか、杖みたいなものを握りしめている。ロープレとかで魔法使いが持っているような、先に大きな宝石がついたあれだ。
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いきなり俺の部屋に現れた巫女娘ティティ。各種魔法の達人で、チビ姫よりはよっぱど常識的で、礼儀正しく大人しい……んだけど、この娘はこの娘で色々困った性格というか、境遇であることが判明する。なんでこびとはこういうのばっかりなのか。
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今はじめて気づいたみたいな仕草で、彼女は俺の部屋をゆっくりと見回した。
そして、意を決したように切り出した。
「この身ひとつで故郷を離れ、タウに渡ってからというもの、昼夜の別なく方々を彷徨い、ひたすらに探し求めました」
チビ姫よりも落ち着いた感じの、よく透き通った声。
こっちの方が礼儀正しくて、まともに話が通じそうな気もする。
「そしてようやく、この世にもおどろおどろしい神殿に辿り着きました」
「……いや、人んちアパートをおどろおどろしいとか言うな」
いつものノリで突っ込んだら、とたんにクラヴィエにたしなめられた。
「お黙りなさいっ!」
なんかこいつ、まだマジモードだし。
「……おまえらの仲間か?」
新しく現れた魔法っ娘の方を指さして、聞く。
「かつての仇敵とはいえ、恐らくはとても位の高い巫女です。お控えなさいっ」
「控えろって言われても……」
仕方がないので、とりあえず畳に正座する。客観的に見てマヌケな光景だけど。
そこでワーニャ姫がいないことに気づいた。
……と思ったら、部屋の隅に落ちていたのり塩チップスの袋の中から現れた。とっさに隠れて、袋ごと吹っ飛ばされたらしい。
どこまでも食い意地が張った奴だ。
新たに現れた巫女の少女に、ずいずいと大股で近づいていく。
本人は王族の威厳やら誇りやらを籠めているつもりだろうけど、ポテトチップの食いかすと青のりで全身コーティングされているので、あんまり説得力はない。
いつものようにこほんと咳払い。そしてぐいっとない胸を張る。
「我が名はワーニャ・ド・フラゴラセリ・ピタ……」
「魔王さま」
めっちゃ得意げかつ無駄に長ったらしいチビ姫の名乗りを、魔法っ娘が一言で黙らせた。
「ええと……」
とっさになにを言われたかわからなかったらしい。鳩が豆鉄砲食らった顔のワーニャなんとか姫、なかなか新鮮な光景だ。
「マオウサマ?」
と、さしもの超文明製翻訳機でも解読不能だったらしい単語を鸚鵡返しにする。
「はい、魔王さま(はぁと)」
几帳面に答えた魔法っ娘。
なぜかそのまま、チビ姫をじーーーーと見つめる。
なんか頬がぽっと赤くなって、瞳が潤んでる気がする。
しかも語尾に小さくハートまでついていた気がする。
「魔王さまっ!!」
うろたえるチビ姫に、正面から思いっっっきり抱きついた。
ていうか、むしろ押し倒した。
「ああ魔王さま魔王さまっ、古(いにしえ)からの契約を今こそ真とするために、魔王さまの生贄になるために、このティティ、はるか故郷の地を捨ててまいりました」
「……ばばばばバカこのっ!! 離れなさいっ! 離れなさいったらっ!」
「そういうわけには参りません、魔王さまに捧げるために、この身をしかと清めてまいりました。どうぞおたしかめくださいませ」
「ななななななななに脱ぎだしてるのよっ!! クラヴィエっ、コペケバっ! このアレな子を今すぐなんとかしなさいって聞いてるのっ!? わわわっ、なんでわたしも脱がせるのよっこっこのヘ▼※イ◎ズ娘えええっ!!!」
「……百合的展開?」
とりあえず興味深く拝見しながら、侍女に聞いてみる。こいつも見るからに高みの見物状態だし。
「個人的には、痩身のメガネ男子多数によるハーレム的展開を希望したいところなのですが」
「いや、特殊な性癖をさらっとカミングアウトされても」
「魔王さまぁ〜(はぁとはぁとはぁと)」
「んにゃああぁああああああぁぁっ!!」
〜つづく〜
【せな★せな 関連情報】
■ せな★せな 1話−1 「ここはわたしの宇宙船よっ!」
■ せな★せな 1話−2 「おまえじゃなくてワーニャ姫よっ!」
■ せな★せな 1−3話 「我が王家の名において、わたしの奴隷になりなさいっ!!」
■ こみっく★トレジャー、無事終了しました。ありがとうございます。
■ せな★せなキャラクターソングCD 延期になりました。
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