2007年10月07日
【せなか企画】 せな★せな 3−1話 「未登録宙域における戦闘示威行為を確認」
期待に胸を膨らませながら、彼女は歩道を歩いていた。
愛用の旅行トランクと、特別あつらえの雨傘。
持ち物と呼べるものは、それで全部だった。
私物など必要ない。ただ、主人への奉公こそが真の宝であり、心の平安と永久の幸せをもたらす。元よりメイドとはそういった類のものだ。彼女は今も信じている。
利発で美しい娘、そう評しても差し支えないだろう。
だが、すこしばかり変わり者であるのもたしかだ。
純白のエプロンに、清楚なレースのヘッドドレス。
仕事着がそのまま旅装という彼女の姿は、傍目には珍奇に映るが、あらためて視線を送る者はいない。この界隈ではメイドなど珍しくはないし──幸か不幸か、彼女はもともとあまり目立たない性質(たち)のだ。
流行りのものを買い求める客で賑わう初夏の街も、表通りから路地を一本外れただけで、人通りはぐっと少なくなる。
派手な看板を通りに張り出させた雑貨屋、その角を過ぎた辺りで、彼女は立ち止まった。
「……ここかしら?」
大きなお屋敷だった。
世間の目で量(はか)ればきっと、取るに足らない住宅のひとつなのだろう。
だが、彼女にすれば、途方もなく大きいと言ってもいい。
木の表札は傾き、壁も窓も薄汚れ、玄関先の設(しつら)えも随分とくたびれているが、彼女は気にしない。逆にこのぐらいの方が、掃除のしがいがあるというものだ。
「まずは管理人さんにご挨拶しないと」
つぶやいて、くるりと後ろを振り向く。
二、三歩離れたところに、連れの少女がいた。
彼女よりは年下で、いかにも内気そうな風情。
小柄な体を包んだ、白と青のンピース、よく磨かれたエナメルの靴、頭の後ろで結んだ長い髪、木綿の帽子を目深に被り、見慣れぬ屋敷をじっと観察しているようにも見える。
別に不機嫌なわけではない。もともとあまり笑わない娘なのだ。
それに、こういう『女の子らしい』格好は自分には似合わないものと、頭から思い込んでいる。
……こんなにかわいいのに。
くすっと笑い、少女に右手を差し出す。
柔和な外見からは想像もできないほど、数多くの雑役をこなしてきた指先。それはまるで生まれたてのように美しく、穏やかで確かな意志を宿していた。
「さあ、行きましょう?」
いつもと変わらぬ調子で促す。
それでようやく、こくっと頷いてくれた。
ふたりは連れだってお屋敷の奥に入っていった。
彼女たちにとって、一万年ぶりに成す『本業』のはじまりだった。

せな★せな 3−1話
「未登録宙域における戦闘示威行為を確認」
腹の辺りがむずむずする。
「……いっ、いいかげんにしなさいよねっ!!」
ツンデレっぽいキンキン声が、今日も容赦なく響く。
「ですが、魔王さま……」
おずおずと受け答えるのは、内気だけど思い込みが激しい美少女っぽい声。
「魔王さまじゃないっ!! 何度言ったらわかるのよっ! ていうか今度魔王って言ったらただじゃおかないんだからっ!」
「はい、魔王さま、このティティは魔王さまの卑しき奴隷、どのようなお仕置きでも喜んでお受けします」
「ってどうしてそうなるのよっ!! あんたの耳はどうなってるのよっ!」
「はい。わたしの耳も目も唇も、すべては魔王さまのために捧げられたもの……」
「そんなのいらないわよっ! そのうっとおしい目とか耳とか唇とかぜーんぶ持ってわたしの宇宙船から出ていきなさいっ!!」
「はい、どこなりとも魔王さまとご一緒に……」
「ちーがーうーっ!!」
「ささ、魔王さま……(はぁと)」
「みにゃああぁああっっ!!」
……とまあ、いい感じに痴情をもつれさせているのは、身長10センチぐらいの自称宇宙人二名。
魔王さまと呼ばれてる方が、超文明な星代表の宇宙人、ワーニャ姫。
魔王さまと呼んでる方が、野蛮っぽい星から来た巫女、ティティ。
念のためつけ加えておくと、性別は両方♀だ。
最近は事あるごとにこうなる。そりゃもう昼夜を問わず。めっちゃ吠える小型愛玩犬が二匹、部屋に居着いちゃってるようなものだ。しかも片方半発情状態。
俺はといえば、布団かぶって寝てる。
たぶんもう正午近い。絶対眠れないのはわかってる。わかってるけどここは俺の部屋だし、俺には自由に寝たくる権利もあれば、部屋主としての意地だってある。ゴタゴタし通しの1週間が過ぎて現場検証やら廃材の処分やらが終わり、壁を覆っていたブルーシートも無事に取れて、窓にはまっさらのガラスが嵌り──とにかく、やっとまともに部屋で寝れるようになったんだ。頼むから、頼むからのんびり寝させてくれ……
ささやかに懇願したところで、腹のむずむずは収まる気配を見せない。
なぜかというと、だ。
「……なんでわざわざ俺の布団の上で乳繰り合ってるんだよ!? それ以前になんで俺の部屋に住み着いてるんだよ? 他にも空き部屋たくさんあるだろ? どっか他に移って好きなだけやってくれよっ!」
「魔王さま魔王さま魔王さまあ〜ん(はぁとはぁとはぁと)」
「ひぎぃいぃいいいいいっ!!」
「って聞いちゃいねえっ!」
どうしてこんなことになったのか? 俺にもよくわからない。
とにかく、一週間前。
こいつらと愉快な仲間たちのおかげで、俺の部屋──せなか荘206号室は半壊した。
対外的には偶発的なガス爆発っぽい事故ってことになっている。『身長10センチのこびとと戦って負けました』と正直に言ったところで信じてもらえるはずもなく、落し所としては妥当だったと思う。おかげで色々とアレな噂も立てられたけど。
物質的被害については、壁に大穴が開いて窓もメチャメチャ、机や本棚は焦げ、食器やCDは割れ、テレビもゲーム機も吹き飛び、マンガもラノベも着替えも半分方消失した。説明しているだけで暗くなる。
俺はといえば、全治二週間の火傷を筆頭に、全身打撲、裂傷、擦過傷、その他いろいろ。
顔の包帯が取れて絆創膏だけになった今でも、まだ体のあちこちが痛い。まあ、見た目ほどひどくはなくて、大学も休まずに済んだけど、痛いもんは痛い。
唯一幸運だったのは、俺に対する大家さんの処遇だ。
もともとせなか荘は家賃月1万円のおんぼろアパートで、俺以外に住民がいなかったこともあって、追い出されるとか、そういう目には遭わずに済んだ。被害もまるまる保険が下りるから弁償もなし。それどころか、部屋を替わってもいいとまで言ってくれたけど、被害をアパート全体にまで拡大するのは忍びなくて、遠慮しておいた。
まったく、捨てる神あれば拾う神ありってやつだ。
──とか書いてるともっともらしいけど、実はこの辺の事情にもこびと絡みの裏があるのでは? と俺は睨んでいる。というのも……
「いかに怠惰な宇宙生物とはいえ、もう起きた方がよろしいのでは?」
冷徹そのものの声が、耳元で言った。
仕方なく目を開けると、ワーニャ姫の侍女クラヴィエの顔が、90度倒れた大アップになっていた。要は、俺の顔の横に立って覗き込んでるわけだ。もちろんこいつも身長10センチ強。外見的には、スーツを決めた有能系OL+鼻メガネ。他の奴らに比べると、ちょっとだけ身長が高い。
「俺は怠惰でもなければ宇宙生物でもない。こいつらが腹に乗ってるから動けないだけだ」
掛け布団から右腕を出し、まーだ組んずほぐれつやってる連中を指して、言う。
「仕方がないですね……」
クラヴィエはこほんと咳払い。そして身なりを整える。
「ティティさま、失礼とは存じますが、そろそろ姉君のいらっしゃる頃合い、お楽しみはほどほどに……」
開け放してある窓に、ちらりと視線を送りながら言った。あくまで控えめな物腰、この辺のあしらいはさすが侍女だと思う。
その声で、いけない世界に行っちゃっていた巫女ティティがやっと我に返った。
「……あっ、はい、申し訳ありませんっ」
かわいい顔を真っ赤にしたまま、半分脱いでいた衣の前を手早く合わせ、布団の山から駈け降りる。魔王さま熱愛モードさえ抜ければ、ホントに素直でいい娘なんだけど。
ちなみに姉の方は、妹の純潔が(唇以外は)守られていると知り、魔王殲滅モードからようやく大人しくなってきたところだ。『妹に手を出したら※す』と物騒なことを言い残して、どこか近所でサバイバル的生活をしてるらしい。時々窓から入ってきては、いろいろ面倒を巻き起こすけど。
で、ホントに高飛車で高慢な魔王さまことワーニャ姫はといえば。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
濃密な責めに放心状態で、爪先をぴくぴく顎をあへあへさせている。ア◎ゾンで注文したら、中身がわからないよう厳重に梱包して届けてくれるレベルのアレっぷりだ。
「さてと、起きるか……」
「ってにゃあああっ!」
布団をはね除けると、ごろごろごろりんと畳に転がり落ちていった。
「……ちょっと奴隷っ! なんてことするのよおっ!」
とたんに抗議の声が上がるが、まだ微妙に弱々しい。
「人の腹にいつまでも乗っかってる方が悪い」
「登りたくて登ったわけじゃないわよそんなぶよぶよ山っ! ヘン●イ娘に追っかけられたから仕方なく避難したの!」
「なにがぷよぷよ山だっ! 俺の腹に妙な四股名をつけるなっ!」
「だいたい大文化娯楽室の真ん中に勝手に布団敷いていつまでもぐーすか寝てるなんて、迷惑にもほどがあるわよっ! まったく、これだから文化のカケラもない触手生物は……」
「もともとここは俺が布団敷いてぐーすか寝るための場所だ! あと、おまえの文化は食うだけだろうがっ!」
エンジンがかかってきたところを見計らい、背後で控えていたクラヴィエが言った。
「姫さま、お食事の時間です」
「わーいっ!」
一瞬で全てを忘却し、冷蔵庫前まですっ飛んでいく大層文化的なチビ姫。
「さあクラヴィエ、大食料庫の扉を開けなさいっ!」
「はい、ただ今」
いつも通りのやりとりの後、クラヴィエがお得意のワンボタンデバイスを操作する。
被災を免れた冷蔵庫の扉が、だれも触れていないのにしずしずと開く。(本来そんなリモコン機能はない)
自炊はしないから大したものが入っていないその中に、鎮座ましましているもの。
「ジャ〜ンボチョコイチゴ〜〜プ・リ・ン・アっラモーード〜♪」
目をきらきらと輝かせながら、感極まったチビ姫がわけのわからない抑揚で言った。
近所のコンビニで入手できる中で最大最強のデザートだ。たぶん俺は完食できないし、俺が買ってきたものじゃない。もちろんチビ姫たちが買いにいけるはずもない。
この件に関しても、そのうちきちんとしてやらないとな……とか思っている目の前で、プリンが冷蔵庫から出てきた。
畳から50センチ上空、ふわふわと宙に浮いたまま、部屋の空き地を目指す。その後ろを、UFOを見たアホな子供みたいにとことこついていく姫。
ここだと決めたところに到達すると、セロテープがひとりでにぴろぴろっと剥がれ、透明な上蓋がばこっと外れて、プリン本体と皿部分だけが、月着陸船みたいに畳に下りてくる。
何度見ても、できすぎのホーム手品というか、SFXが無駄にすごい自主製作映画のようだ。
プリンアラモードが無事に着地した。
茶色いカラメルがかかったふたつのぷるぷるした小山、そのふもとにこれでもかと絞ってある生クリームとチョコレートクリーム、粒の大きなイチゴたちがこんもり植えられたこの世の楽園を、しばしうっとりと眺める姫。身体の大きさ的にはお菓子の家状態なわけだから気持ちはわからんでもないけど、こいつの場合メルヘンというにはほど遠い。
そしてもちろん、こいつはスプーンなんて文化的なものは使わない。
「いっただっきまーすっ!」
言うが早いか、頭からプリンにダーイブっ!
しようとした、まさにその瞬間。
がっちゃーーんっ!
ガラスの割れる音が響き渡った。
布団やら畳やらに破片が降り注ぐ。とっさに布団をかぶって避ける俺、手慣れたものだ。この展開は一週間前にもあった。そして奴が現れ、俺の部屋は爆発したのだった。
騒ぎが収まってから、布団から頭を出す。
もちろん、そこにいたのは戦士マカマカだった。
恥ずかしいビキニ鎧がトレードマークの、巫女ティティのシスコン姉貴だ。
両腕を頭の上にかかげ、剣の代りに巨大ななにかを支えている。アヒル丸焼き1羽分もありそうなでっかい肉塊。もちろん彼女の身体よりはるかに大きい。
愛しの妹を見つけると、いかにも野生児という感じでにかっと笑い、言った。
「ティティ〜、ご飯狩ってきたぞ〜☆」
「ってなんてことするんだよっ! だいたいおまえが飛び込んでくるから窓開け放してあるんだろうがっ!! なんでわざわざ閉じてある方ぶち破って入ってくるんだよ!!」
「今日はばうばう鳴く方にしたんだ。大物だぞ〜、ほら、いつもあっちの棒に鎖でくっつけてあるおっきくて黒いやつだ。手強かったけど、今日こそしとめてやったぞ。姉ちゃん腹減ってたから焼いてすぐ食っちゃったけど、いちばんいいとこはティティのために残しといたんだ。ほーら、前脚の肉球のとこだぞ。ぷりぷりっとしててうんまいぞ〜」
俺は全く眼中なし&上機嫌で言いながら、どさっと畳に放り投げる。
毛皮を剥いでこんがり焼いてはあるけど、なんの生き物のどこの部位か明らかにわかる。映像化のあかつきには、厳重にモザイクかけないと各種団体から抗議殺到だろう。
「首輪がついてるやつは狩るなってあれほど言っただろうがっ!!」
全然関係ない話だけど、最近、ご近所で飼い犬や飼い猫の失踪が相次いでいるそうだ。物騒な世の中だなあと思う。いや、まったくもって俺は関係ないけど。
「あの、姉さま……」
押し黙っていた妹ティティが、おずおずと口を開いた。
「ん?」
視線を辿り、自分の足元を見る姉。
「なんだこれ? 足元がヌルヌルすると思ったら……」
ガムを踏んだみたいに片足を上げながら言う。
ビキニ鎧のお騒がせ戦士は、プリンアラモードの直上にピンポイントで着地していた。
その傍らにはワーニャ姫。
ルパンダイブ寸前のマヌケな体勢のまま、目をいっぱいに見開いて硬直している。
そんなことはお構いなく、
「えいっ!」
ほとんど崩壊したプリンの山にマカマカがとどめの一蹴りを入れた。
飛び散ったプリンの返り汁と返りクリームが、チビ姫の顔にべちゃっとついた。
それで我に返ったらしい。
目の前にあるはずの……いや、あったはずの素敵デザートを、恐る恐る確認する。
それはもはや、プリンアラモードではなかった。
でろでろに液状化したプリン本体に、カラメルとチョコクリームとガラスの破片がいい感じに和えてある上に、やんちゃなビキニ鎧娘のフィギュア(シークレット:激レア)が傲然と飾られているという、エクストリームな危険デザートに変わり果てていた。
「ああああああ……」
なにやら怨霊っぽい声で唸りだした。
「わたしの、わたしの、わたしの……」
うわごとのように繰り返しながら、だーらだら涙まで流しはじめる。
そしてついに叫んだ。
「わたしのジャ〜ンボチョコイチゴ〜〜プ・リ・ン・アっラモーード〜がああぁぁぁぁ!!」
幸せだった頃のうわっついた節回しそのままなのが、逆に憐れを誘う。
対するは、この期に及んでまったく空気の読めないマカマカ。
「はぁ!?」
天然で聞き返した姉を、ティティが慌てて諫める。
「姉さま、それは魔王さまへのご供物ですっ!」
「ゴクモツぅ?」
半信半疑で言いながら、足元のプリンかすを掬って舐めてみる。
「うえ。ぺっぺっ……」
とたんに吐き出した。
「こんなキモチワルイもの食ってるから、魔王のくせにちびっちゃいんだろ?」
へらへらと笑いながら言う。
ぷちーん。
ワーニャ姫のこめかみ奥で、脳の血管がアレする音が聞こえた。
ベールの下の髪を逆立たせ、小柄な全身をわななかせ、奥歯をぎしぎしと噛みしめながらつぶやく。
「ウラミハラサデオクベキカ……」
その迫力はもはや魔王レベルを通り越し、復讐にすべてを捧げ、ポリス沙汰さえ覚悟しちゃった危ないいじめられっ子そのものだった。
「そこの恥ずかしいビキニ鎧の野蛮人っ!!」
ジャンボチョコイチゴプリンアラモードを蹂躙したにっくき仇敵を、真正面からびしいっと指さす。
そして、ついに言い放った。
「ワーニャ・ド・フラゴラセリ・ピタ・メルクール・ノバ・ゾビスの名にかけて、この宇宙から抹消してやるっ!」
無駄に堂々とした宣戦布告だった。
「っていうかぜったいぜったいぜったいぜったい赦さないだからっ! 目にもの食らわせてやるっ! ひどいめにあわせてやるっ! ぎゃふんといわせてやるっ! せんせいにいいつけてやるっ!!」
憤怒のあまり退行していってるけど、やる気はひしひしと伝わってくる。
ていうか、賭けてもいいけど、こいつ自分の星が滅んでもこんなに怒らないと思う。
「上等っ! やっぱり魔王と馴れ合うなんて性に合わないからなっ」
待ってましたと受けて立つマカマカ。ずさっと畳に飛び降りる。
「ノナドポイアっ!」
鋭い叫びに、ビキニ鎧の背中につけられた革帯からなにかが飛び出した。
柄に長いリボンがついたシャベルに見えるそれは、空中でむくむくっと伸びて、巨大な刀の形になった。柄に彫刻された口が大きく開き、いかにも凶悪そうな三角目がぎろっと辺りを睨む。
マカマカの愛剣ノナドポイア──見ての通り、生きている剣だ。
俺の部屋が爆発炎上した直接の原因は、こいつが口から炎を吹いたからに他ならない。それって剣の技じゃないだろ? ってツッコミは不毛なので自粛している。
ノナドポイアは持ち主の手にすっぽりと収まる……かと思ったら、ちょっと離れた畳に自分から刺さった。
逆さまになったまま、いかにも面倒臭そうに溜息をつく。
びよーんざっくびよーんざっくと敷いたままの布団のところまでジャンプで移動して、こてっと横に倒れた。
牙のついた口で大あくびして、ばちっと目を閉じる。
「こらあっ! 寝るんじゃないっ! 仕事だ仕事! やる気出せっ!」
必死で鼓舞する持ち主と、明らかにやる気のない武器。
「起きろっ、いいから起きろ!……ああ? 仕事はこの前やりすぎるぐらいやった? 今日はオフだから特別手当を払え? いい加減にしないと金床でべっこべこに叩いて焚き火に放り込むぞっ!」
なにやら全力で恫喝している。
さすがは生きている剣、扱いがいろいろ面倒臭そうだ。
「……わかったわかった、これ終わったらうんと研いでやるから。その辺で拾ったテキトーな石じゃなくて、ちゃんと砥石使ってやるから」
結局、雇い主の大幅譲歩で交渉はまとまったらしい。
剣がぴょんと跳ね、マカマカがかまえた手のひらに飛び乗った。
「待たせたな、チビ魔王っ!」
勇ましく振り向いたその先、魔王さまは大層おかんむりだった。
「おなかがすいたわよおなかがすいたわよおなかがすいたわよおおおっっっ!!!」
この食い意地と気合いなら、案外いい勝負になる気がする。
同時にこいつを倒すなら、別に決闘とかしなくても、晩飯も抜くのがいちばん手っ取り早い気もする。
「ちゃっちゃとやるわよ、クラヴィエ!」
「はい、姫さま」
姫に促され、うやうやしく礼をすると、クラヴィエは例の万能ワンボタンデバイスを左手の甲にすちゃっと装着した。
「スイスイスーダララッタスイートポテト!」
色々な意味でビミョーな呪文を口ずさみながら、赤いボタンをぽちっと押す。
「ちなみにこの呪文は、ティティさまのものとは違い、単なる景気づけです」
「……いや、別にだれも訊いてないから」
デバイスから七色の光がほとばしり、ワーニャ姫の身体を包み込んだ。
いつもの服が光に溶けて、よく言えば幼く未成熟、悪くいえばぺったんこですとーんとした身体の線がくっきりと見える。でも肝心なところは透過光で見えない。よく配慮されている。
「ちなみにこれらの光線は機能的にはまったく意味のない装飾であり、同様に一度裸になる必要もないのですが」
「だから別に聞いてないし」
光のリボンが身体を取り巻き、まったく別の服を形づくっていく。
その中央、目を閉じて恍惚とした表情のワーニャ姫。この辺もお約束通りだ。
光が収束した時。
そこには……魔女っ娘がいた。
スカートはさらに短く、レースがふりふりリボンがあちこち、ご丁寧にオーバーニーまで。普段の王族っぽいテイストはそのままに、見事に別の服になっている。おまけに、いかにもなバトン(先にはプリンアラモードをかたどった豪華なオーナメント付き)まで持っていた。
左手でピースサインをつくり、顔の前に持っていて、びしっと決めポーズ。
そして決め台詞。
「甘味戦士スイート★ワーニャただいま見参っ。別腹とか言っといて勢いで注文したデザートを残す子は天にかわって拷問よっ♪」
「あーはいはい」
名称中央部に多少触手テイストが隠れているけど、全体的には無難な感じにまとまってよかったよかった。
「ちょっと奴隷っ、なによそのうっすーい反応はっ! もっとかぶりつきで見なさいよ! あんたたち触手が大好きなミニスカートに絶対領域完全完備なのよっ? それっぽいマジカルバトンだって持っちゃってるのよ? ワーニャ萌へ〜とか言いながら床をのたうち回ってありがたがりなさいっ! 今すぐDVDボックスを予約しなさいっ! トレーディングフィギュアを大人買いしなさいっ!」
「放映前から皮算用してないでとにかく戦えーっ!!」
「おまえに言われんでもわかっとるのだわよっ!!」
「つーか、キャラ設定にロー○ンメイデンとカープの前田が混入してきたぞ」
「どっちも赤いからいいのよっ!」
どの視聴者層を狙っているのかいきなり見失っている新番組。
「あああんっ、とっても凛々しいお姿……(はぁと)」
忠実な魔王の奴隷ティティだけが、企画の狙い通りに床でころころ悶絶してる。
「魔王さま、がんばって(はぁとはぁとはぁと)」
「おおっ、姉ちゃんティティのためにがんばるぞっ!」
哀しいほどに噛み合っていない駄目姉妹の会話。
俺はといえば、正直どうでもいい。なにせ今回は高みの見物なのだ。自分が戦わなくていいのはこんなに楽なんだなあ、ホントに。
観客として客観的に予想すると、さすがにチビ姫に分が悪い気がする。
「で、右手に持ってるアレはどんな武器なんだ?」
プリンアラモードをかたどった呑気なバトンを指さして、クラヴィエに耳打ちする。
「単なるレジンキャストの一体整形ですが」
「………」
ひのきのぼう、もしくはたけやりの方がナンボかマシだぞ、それ。
「そこはそれ、鰯の頭も信心からと言いますし」
涼しい顔で説明する、明らかに確信犯な腹黒侍女。
まあ、どっちが勝っても俺の知ったことじゃないけどな」
というか、できれば共倒れになってくれると俺としてはこの上なく嬉しい。
「どのみち、戦場となるこの部屋はもちろん、このアパート自体も無事で済むとは思えませんが」
「それについては同感だな……」
付き合いで頷いてから、違和感を覚えた。
「……って待てよ? おまえ今、アパートって言ったか?」
「さあ、なんのことでしょう?」
クラヴィエはわざとらしく首を傾げ、笑う。
こいつらがここに居座ってるのは、せなか荘を自分たちの宇宙船、俺の部屋を大文化娯楽室と信じこんでるからだ。少なくとも、ワーニャ姫の方は本気でそう思ってる……
「おい、まさかおまえ、知ってて……」
問い詰めようとした時、魔法少女とビキニ鎧がずずっと間合いを縮めた。
「さあチビ魔王めっ、この宮殿ごとぶっつぶしてやるっ!」
「我が大文化娯楽室がおまえの墓場になるのよっ! 食べ物の恨みの深さ、その身で思い知っちゃいなさいっ!」
双方とも、戦場を焦土化する気満々だ。
「………」
そこでようやく、傍観してる場合じゃないことに気づいた。
「っておまえらやめろおおおおおっっっ……!!!」
決死で割って入ろうとした、その時。
ひゅんっ。
──と、俺の鼻先を何かがかすめた。
目で追うことすらまったくできない素早さだった。
マカマカとワーニャ姫、そのちょうど真ん中に、新たな影が降り立っていた。
5人目のこびとだった。
いや……正確には5『人』目と呼んでいいのか……
それが生き物であるのか、確信が持てなかった。
|
性格にしても存在自体にしても、色々な意味で洒落にならない戦闘ドロイド、490(シグマ)さんの図。『よんきゅうぜろ』と数字で呼ぶのが正式名称らしいけど、本人というか本機的にはどっちでもいいっぽい。作戦やら敵の規模によって装備は変えられるそうで、これはまだ大人しい方。
|
ワーニャ姫やティティぐらいの小柄な身体。
背中全体を隠すほどに、大きなポニーテール。
それをまとめ上げている、飛行機の尾翼みたいな髪飾り。
服の感じは全く違う。
青と白に塗り分けられた……一見、レオタードかスク水のようだけど、胸元とかの重要なところはプロテクターで守られている。薄着はあくまで活動のためという雰囲気だ。
先がハサミかマジックハンドみたいになった巨大な機械のカタマリを、右腕全体で支えるように持っている。
左手にはなにか板というか、盾みたいな装置、そして背中の左右には飛行機みたいな形をしたジェットパック──バーニアとか安定版とかがついた、モビルスーツが装備してる類のアレだ。
戦闘少女、と表現するのが正しいんだと思う。
でも、なにより印象的なのは、彼女の表情だった。
「……………」
ただ無言のまま、得物をかまえたままのワーニャ姫とマカマカを交互に眺める。
怒っているわけでも、なにかを訴えているわけですらない。
無理に喩えるなら……
ひとつの機能を与えられているだけの、精密な機械のようだった。
「まっ、まさか……」
こういう時の説明要員と化しているクラヴィエが、息を飲んだのがわかった。
「リンスフィアの戦闘ドロイドっ!」
その言葉に反応するかのように、少女が言った。
「未登録宙域における戦闘示威行為を確認」
ゲームによくあるロボットオペレーターのような、感情を排した口調だった。
左手についた装置が光った。
ちいさな手の甲を飾るように、それは一瞬で伸びて、長剣の形を取った。
同時に、右手の機械の先、ハサミのように突き出た部分から火花が散った。
デジカメのストロボを充電する時の、きゅいーんという音が立ちこめる。
少し奥まったところにある出っ張りの周り、蛍のように光が乱舞をはじめた。
それでわかった。
彼女の右腕が微動だにせず支えているもの、それはたぶん、レーザー兵器の類だった。
「なんのSFアニメだよ……」
頭を抱える俺に配慮することなく、光の剣がワーニャ姫の喉元へ、レーザー銃の砲口がマカマカの額に向けられる。
そして。
謎の戦闘少女は、冷徹に言った。
「これより鎮圧する」
〜つづく〜
【せな★せな 関連情報】
■ せな★せな 1−1話 「ここはわたしの宇宙船よっ!」
■ せな★せな 1−2話「おまえじゃなくてワーニャ姫よっ!」
■ せな★せな 1−3話 「我が王家の名において、わたしの奴隷になりなさいっ!!」
■ せな★せな 2−1話 「魔王さまに捧げるために、この身をしかと清めてまいりました」
■ せな★せな 2−2話 「あたしの妹をいじめたのは、どいつだっ!!」
■ せな★せな 2−3話 「あ……魔王さまのここ、柔らかくて温かい……」
■ せな★せな 2−4話 「四の五の言わずに戦って死になさいっ!」
■ せな★せなキャラクターソング集 ショート版&ジャケットイラスト公開!
■ こみっく★トレジャー、無事終了しました。ありがとうございます。
■ せな★せなキャラクターソングCD 延期になりました。
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